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ロートレアモンからの便り - その2 20031103掲載

嵐よ、竜巻の妹よ。おれはその美を認めないが、蒼い天よ。偽善者の海よ、おれの心の似姿よ 。謎を秘めた大地よ。星々の住人よ。全宇宙よ。全宇宙を壮麗に創りし神よ、おれが証言を求め ているのはおまえなのだ。善良なる人間を誰かひとり、このおれに見せてくれ! … いや、それよりも、おまえの加護でおれの生まれながらの力を10倍にするのだ。なぜなら、この怪物の光景に、おれは驚愕のあまり死にそうだ。これを見れば誰でも死ぬだろうさ。

ロートレアモン著「マルドロールの歌 第1の歌」より

翻訳:門司 邦雄(Parolemerde 2001)

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 文中の「この怪物」が何を指しているのか、すぐには解りにくいです。訳した文章で読んだ場合、この部分より前にある les hommes(人々)と読まれやすいと思います。しかし、「この怪物」は単数なので「善良なる人間」を指しています。また、全宇宙も単数であり、続く「それを壮麗に…」の「それ」も単数なので、「全宇宙」を指していると分かります。日本語で「それ」と訳すると指しているものがボケてしまうので、あえて繰り返して訳しました。フランス語は単数、複数、男性、女性と名詞の形があり、文法的にめんどくさいですが、作者の意図を探る手がかりになる場合もあります。

この詩から私が思うのは、「生態学キーノート」に「生態学の10規則」とまとめられた規則の3の「「種の利益のため」にはなにも起らない」という規則です。生物が種の保存のために自己を犠牲にするように見える行為、「利他的行動」は、実は個体に作用する進化の観点から説明できる現象とされます。つまり、ある個体が他の個体のために自己の適応度を犠牲にする利他的行動は、自分の遺伝子コピーを次世代に多数伝える「包括適応度」という概念で説明され、これは「ハミルトンの規則」と呼ばる概念です。ミツバチやアリのワーカー(雌性である働きバチ・アリ)の場合でも、同じ遺伝子を共有する血縁者のために、つまり自己と同じ遺伝子型のために「働く」のです。

この現象を解りやすく説明すれば、遺伝子(群)のリスク管理と言えるかも知れません。例えば、鳥の巣が襲われた時に、母鳥が怪我をした振りをして敵を巣から遠ざけるのは、自分の遺伝子を残すためです。他の鳥の子供ためには、危険を冒しません。逆に、環境が不適当な場合は、自分の卵を食べてしまいます。これは自己の遺伝子と卵の遺伝子の存続の可能性から進化的に選ばれた本能的な選択ということができるでしょう。鳥の母性愛は、遺伝子のリスク管理から生まれた本能的感覚なのでしょう。

もちろん、ロートレアモンの時代にはまだこの概念は発見されていません。しかし、ダーウィンの「種の起源」は1859年ですから、生物学的な考察が新しい世界観としてヨーロッパに広がりつつあったと言えるでしょう。ロートレアモンの詩の中には「百科全書」の一節がそのまま引用されている部分があるそうですから、彼なりの人間の生態学的観察が反映されているのではないでしょうか。人が生物である以上、感情、心情は本能の支配を受けます。理性をもコントロールしてみせる、理性を騙す本能を上の詩は表しているのではないでしょうか。利他的な人は、つまり善意の人は存在しない。もし、完全に善意の人が存在したら、彼は(彼女)は他の人の犠牲になり、生命を残すことがなく、したがって進化的に絶えてしまうでしょう。「自己犠牲」「公平無私」「私利私欲の無い」「人を癒す」などという言葉を、そしてその言葉に聴き入る自分をもクールに見直すには、この利他的行動の概念が、今日のさまざまな芸術的表現よりも有効かも知れません。

Parolemerde2001
2003年11月3日

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