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私の好きな「源氏物語」の女性たち

ヤフー文学トピで知り合った此花佐久耶さんのブログサイト。『源氏物語』の現代語訳と楽しいエッセイなど。現代語訳は第一帖 桐壺から始まり、ここにリンクを移した2013年9月2日現在、第三十一帖 真木柱が終わったところです。真木柱では髭黒大将というちょっと堅物な貴族をどこか厳しくコミカルに描いていて、紫式部は実は男性作家との説もありますが、やっぱり女性だなと感じてしまいます。此花さんの、忙しくても訳の手を緩めない姿勢と、作者へのクールな共感に、これもやはり女性の業と感心します。(2013年9月2日/以下本文は2012年9月13日ブログ掲載)

Image of the Tale of Genji
蘭山筆 源氏物語画帖  第七帖 紅葉賀(踊る光源氏) 蘭山記念美術館蔵
此花さんの指摘どおり、衣装が本来の波模様(青海波)ではありません。(補足)
手前、服の乱れがないのが源氏の中将(光源氏)後ろが頭中将と思います。

 『源氏物語』の現代語訳を掲載されています。今までにもさまざまな現代語訳があります。此花さんの翻訳は昔の貴族社会の言葉の持つ(言葉としての)柔らかい上品さ(複雑な敬語システム)と今の日本語としての自然に読める読み易さの両立が大切にされた現代語訳と感じました。敬語が面倒くさくて嫌いだったぼくも自然に読めるほど年を取ったことでもありますがぁ・・・。ぼくは当時の日本語には疎いので、原文が女性的かどうかは分からないですが、此花さんの現代語訳は女性的で「語り」を感じさせます。ところで、源氏物語には宗教的行事などはよく出てくるし、源氏の愛人が亡くなる場面(第四帖 夕顔)など死がテーマになることも多いのですが、紫式部の見方も語り口も常にクールに思えます。此花さんの現代語訳にもこのクールさを感じます。此花さんは訳者としての所感も、少しですがブログに載せてあり、それを読んでいただけば、その謎が少し解けるかもです。社会的な男性よりも、非社会的な女性がより個性的に生きられた(むしろ、生きざるを得なかったのかも)、かつ「源氏物語」や「枕の草子」などの豊な文学を生み出す余裕があったことが、現代の此花さんの翻訳にも反映されているように感じます。源氏物語は、当時の日本の貴族社会を(動物行動学的)社会生態学的に知ることのできる貴重な資料の面も持っているような。
源氏物語の今までに出版された現代語訳をいくつか見ましたが、ぼくがおもしろいと感じた訳は、海外の著名な翻訳者ウェイリーの英訳を、佐復秀樹氏がもう一度今の日本語に訳し戻したものです。外国語への翻訳は、同じ日本語間の翻訳以上に読解が必要であり、複雑な敬語体系などは英語には充分に訳出できません、さらに、誤読・誤訳もあり得ることも含め、日本人の現代語訳と比較するのも興味深いものがあります。え、それなら源氏物語の仏訳を読んだ方が良い?・・・19世紀フランス語の現代誤訳?をしているのだから読むべきだ、と言われてしまうかもですがぁ・・・とにかく大変だし古典は不得手だし、イケメン男は全く好みではないのでパァス!
ブログ村の古典文学ではダントツ一位の此花さんのサイトです。時に書かれる(賞を取ったこともある)エッセイも読みやすく楽しいです。ちょっと不満があるとしたら、ブログなので新しい翻訳ブロックが上に上に積み上がっていき、通して読みにくいことです。もう少し進んだら(現在 第十九帖 薄雲)、帖ごとに読みやすくまとめてもらいましょう。縦書きの方が良いかもしれませんね。
それで、源氏物語に日本の古典に興味のなかったぼくが関わってしまった理由なのですが、ぼくは川越岸町の幕末の絵師、舩津蘭山の画稿を展示している蘭山記念美術館のポスターを制作しています。この舩津蘭山も源氏物語の絵を描いています。蘭山は川越城の杉戸絵なども描いている狩野派の絵師ですが、岸町の名主でもありました。庶民に近いところで描かれた源氏物語の絵(巻物状でしたが、館長が保管・展示用に1枚ごとに分けて台紙に貼り画帖にしました)として貴重な資料でもあると思います。源氏物語は江戸時代にも広く読まれたようで、庶民にも人気がありました。おなじく幕末には『偐紫田舎源氏』(柳亭種彦)が歌川国貞の挿絵入りで出版されています。源氏名も源氏物語の帖の名前から付けられた宮中の女官の名前だったそうで、これが、江戸時代には奥女中、さらに吉原などの遊女の呼び名となり、今日の「源氏名」に繋がっています。ところで、蘭山筆の絵にはどの帖になるのか分からないものもあり、複写をしたぼくとしても知りたいと思い此花さんにお伺いを立て、さらに図書館から現代語訳を借りて通して読み(エライ!)、絵巻物の本も借りたり(エライ!)、ネットで画像を検索したり(エライ!)してみたのですが、う~ん、結局、類似したシーンがいろいろあるし帖の単位が長いので季節が決められないしで、特定できない方が多かった(エライコッチャ!)です。舩津蘭山の源氏物語の絵)は、より庶民的で挿し絵的で、同じ江戸時代でも屏風絵の源氏物語のような豪華さ・スペクタクル性はありません。とにかく、源氏物語は江戸近郊の豊な庶民にも親しいものだったのでしょう。

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蘭山筆 源氏物語画帖  第二十六帖 常夏 蘭山記念美術館蔵
第三帖 空蝉かと思いましたが、碁盤ではなく双六盤なので、常夏と分かりました。
なお、蘭山の時代には、源氏物語の双六もありました。

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蘭山筆 源氏物語画帖  第三帖 空蝉 蘭山記念美術館蔵
こちらが空蝉です。色男、美女に逃げられるの図です。

 源氏物語は、現代式に文字を目で読む小説ではなく、読み手が読み上げる物語を聴くスタイルだそうです。ですから、「語り」を感じさせる訳が良いと思います。当時は読み手による演出がなされ、文内容も必ずしも書いてある通りではないこともあったかも知れません。落語のように演じる物語とでも考えれば分かりやすいのでしょうか。挿入されている和歌で物語の人物の心情を表わし、物語の方はむしろクールに流れていくように思います。和歌は語り手の朗読のポイントになったと思います。フランスでも韻文詩の時代は朗読が重要でした。ランボーもパリ・デビューでは、パリの詩人たちの前で「酔っぱらった船」を朗読しています。日本語は、例えば第一人称を表す名詞の多さからしてもニュアンスの多い言葉ですが、言葉でのニュアンス表現が日本語より少ないフランス語では、朗読、特に詩の作者による朗読は、重要でした。19世紀に、ボードレール・ランボー・マラルメと韻文詩から散文詩に移行していったのは時代の必然だったのでしょう。散文(物語り)の中に韻文を入れ込み、心理表現に使うというスタイルは、世界的にも早いような・・・(よく調べていないので分かりましぇ~ん)。貴族女性(官女たち)が集まり、華麗な物語を聴きながら豪華な絵巻物を見入っているのは、現代なら会員限定豪華秘密サロンでの華麗紙芝居上演会のような妖しさでしょうか。演奏、食事、飲み物、お菓子なども供されたのでしょうか。
「源氏名」という言葉が今でも生きていることでも分かるように、源氏物語の社会的影響はその歴史的時間を加味すると多大なものです。明治維新への歴史的力のひとつとして、源氏物語を初めとする皇室文化への武士も含めた庶民の憧れも挙げられています。影響は、今日までも続いていると言えますし、欧米でも日本文化を代表するもののひとつとして認められています。
最近の研究で、江戸時代の大奥の女性の骨を調査したら重金属が検出されたという記事がありました。皇室に関係ある、あるいは貴族出身の女性を大奥に迎えることが多く、(おそらくはおつきの女性も含め)京都の化粧法をそのまま持ち込んだからと説明がありました。重金属は鉛白の白粉からだと思われます。あるいは水銀の朱はどうなのでしょう。美白化粧の背景には、やはり源氏物語の魅力があったように思います。最近では、ビッグコミックオリジナルのジョージ秋山、「浮浪雲」第916回「白(はく)女房」には、幕末の京都の白美(夜鷹)のことが描かれていました。京の白い化粧の女性の蠱惑が、国を動かすほどの男をも欲情させるという内容でした、もちろん漫画ならではのお話ですが。
源氏物語は、作者は紫式部とされていますが、複数の作者とか、光源氏の死後の部分は別の作者とか、いろいろの説があるようです。ぼくはズブの初心者なので、なんとも分かかねますが、紫式部のバックには時の権力者、藤原道長が居たとか。なんだか物凄い国家的企画だったようにも思えてしまう不思議な物語です。性的あからさま度では、ギリシア神話にも迫るような。往事の貴族社会は皇室の権威をぐらつかせるような宮中相関関係物語が(とくに女性間では)まかり通ったのでしょうか。あるいは権力者による恣意があったのでしょうか。光源氏の死ぬ場面もありません。出家の決意(第四十一帖 幻)から死後の世界へ飛びます。死は、書いてはいけないことだったのでしょうか?
源氏物語から見える京の都は自然も多く優美で、でも屋敷によっては寂れて物悲しい、そんなイメージですが、此花さんに聞いてみたら、百鬼夜行、つまりホームレスや病人の徘徊する退廃した都だったそうです。ぼくはどうしてもボードレールの『悪の華』のパリを連想してしまいます。源氏物語は京の都を『悪の華』として宮中の雅を千年以上も伝え続けてきたのでしょう。主人公光源氏が、否定的人物像に堕ちないのも、その美しさと(高い身分だからできるのですが)契りがなくなった後も女性を大切にする優しさ?(第十五帖 蓬生)によるものでしょうか。此花さん、教えてくださ~い。
20世紀には紫式部もビックリ、いや、クールな式部ならビックリしないかも、光GERNJIなるアイドグループがローラースケートでステージに登場し、卒業しました! ま、とにかく、(ここだけランボー風に)もはや・すでに・いつまでも、日本で最も社会的影響のあった小説ではないかと思ってしまいます。
最後におまけです。翻訳者HN此花佐久耶を調べると、此花佐久耶姫(コノハナサクヤビメ)で、木花咲耶姫とも記されます。日本神話に登場する女神で、アマテラスオオミカミの孫、ニニギノミコトの妻であり、桜の花が咲くように美しい女性とされます。富士山本宮浅間大社の祭神です。ちょっと画像検索しました。こちらをご覧ください。おお、なんと麗しい!

(補足)青海波の紋様
着物の紋様は踊りの名前と同じ青海波です。本来は、波を表す90度の同心円の並ぶ模様ですが、後にはこの画のような菱形の模様なども使われたようです。