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Blog - 生活的

闘病レポート - #018 20200311掲載

311(フクイチ)から9年経って、
心筋梗塞・脳梗塞もピークを迎えたのだろうか。
ぼくの脳梗塞の発病は7年後だった。

なぜ、脳梗塞で心筋梗塞でないのか? 合併症は?
今では安定しているが、不自由なことが多い。
ただ、思い返してみれば、あの時のぼくのいた東京小金井の環境、
家は北の仙川沿いの低地にあった。相続をめぐる姉との争い。
買物(計画停電で往復1時間かけて駅の南側のスーパーに並んだ)、
清掃も、埃まみれで行った。
小金井市の小中学校の半数近くがグラウンドの土を入れ替えた情報も、
だいぶ後になって、九州に引っ越してから知った。
さらに、Foomaの打ち合わせ等と撮影の仕事。
色々と思い当たることが多い。
あの時の国際展示場で、ぼくは軽い半身不随になった。
幸い仕事が少ない日だったので、途中休むことが出来た。
後で、MRIを撮ったが、頭の血流が悪くなっているので、
注意するように言われただけで終わった。
その頃、そして発病する前の一年ほど、何となく調子が悪かった。
今思えば、精密検査を受けておけば良かったのだが。

最早、そのことよりも、これからのことを考えるしかない。

去年の早春は耳から血が出た。
被曝症状のひとつに、鼻血が出るとよくいわれている。
これが耳の方が弱いと、耳血になる。
ぼくは、小さいときに中耳炎をやっている。
幸い、半年ほど経って血は止まったが。

ここは、門司港駅から来るのだが、
さらにバスに乗って行くと、すぐ田ノ浦である。
瀬戸内海をまっすぐ行くと、伊方原発になる。
風の向きによっては、排気が直に来る。

2020年3月11日
Parolemerde 2001

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